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まあ、おばさんの戯言ですが、、、
 
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セデック・バレを観る。
吉祥寺バウスシアターにて。



心揺さぶられる映画です。
台湾の新鋭ウェイ・ダーション監督が10年かけて作り上げた、実話に基づく衝撃の作品。
セデック族を演じる原住民の役者が実にいい。彼らは下草生い茂る険しい森を矢の様に駆け上がり駆け降りる。しかも裸足で!驚くべき身体能力!
そして、主人公モーナ・ルダオの青年期を演じたダーチンは野性的なイケメンで、蒼く勇猛果敢な感じがとても良い。さらに壮年期を演じたリン・チンタイの存在感と言ったら!眼光鋭く、絶えず苦悩する頭目を見事に演じていた。本職は牧師さんだというが、演技以前に何か先祖の霊が乗り移ったようにさえ見える。
台湾の教科書でさえ、この事件の事は2~3行しか書かれていないそうで、監督も10数年前まで知らなかったらしい。そう思うと、自身のその歴史を封印せざるを得なかった原住民族の想いやいかばかりかと。。。


さて、ここから先はネタバレです。

少年のモ-ナ・ルダオに父親が語って聴かせるセデックの言い伝え。
「狩場を守る勇敢な男は死ぬ時、手にいくら拭っても取れない血の跡がある。その血の跡があるものだけが虹の橋を渡って永遠の狩場に行けるのだ。そして女は男のために赤い布を織り続け死ぬ時、手にいくら擦っても取れないタコがある。そのタコがあるものだけが今度は自分の為に虹色の布を織る事を許され、それを着て虹の橋を渡るのだ」
セリフに多少の記憶違いはあるかもしれないが、ここでまず一回目の涙腺決壊が来た。
父親の声はひたすら優しく、それを聴く少年の瞳はとても真っ直ぐだ。
悲しい訳でもない、辛いシーンでもない。どこか体の奥深く、DNAが反応したのか。。。

日本の統治下で行われた事柄は、インデアンのそれとまったく同じだ。
そして運動会襲撃のシーン。
子供たちが自らの意志で武器を手にし、日本人の先生や隠れていた女子供までを殺害するシーンでは、嗚咽を堪えるのがやっと。なぜこんな子供達までがと、今の中東の少年ゲリラを思い出したりしたのだが。。。
しかし、ふと気が付いた。
彼らはそうやって生活していたのだ。
先祖から受け継いだ狩場に入ってきたよそ者を倒し、首を取ってくれば英雄になれる世界。そこではこの子供たちの行動は異常な事でもなんでもないのだ。怒られるとしたら勝手に無茶をしたこと、その一点くらいだろう。

話は違うが、牛と共に裸で生活するスーダンの遊牧民の話を知っているだろうか?
彼らは牛のふんを焼いた灰で歯を磨き、牛のおしっこで顔を洗う。スーダンの内戦の時、危険だからと彼らを一か所に集め住まいを与えたが、一週間でそこを出て行ったそうだ。
考えてみて欲しい、私達が牛のおしっこで顔を洗う事は容易には出来ないのと同じように、彼らは牛から離れてベッドに眠り水道水で顔を洗う事が出来なかったのだ。

つまり、伝統も習慣も違う民族間において、片方の文化習慣を押し付ける事は良くない。文明はある民族にとって迷惑この上ないどころか、その民族を全否定することになってしまうと。
そこから悲劇が始まるのだ。


話が飛んでしまったが、第2部は殺戮に次ぐ殺戮が待っている。
セデックの戦士300人で日本の警察や軍隊数千人と戦った。
全滅することを前提とした戦いは悲惨な事の連続で、女たちの集団自決や同族同士の戦いも含め目を覆うばかり。涙も止まりません。隣に人が座ってなくてよかったよ。

しかし、しかし、ちょっと気になる事がある。
戦いも終わり、セデックの残った人々も山を下りた後、日本軍の大将が「セデックの戦士に今はない日本の武士道を見た気がする」と言うあたり(このセリフなくても充分伝わったのに)、あまりにもこの戦いを美化していないかという不安が。というか、ここに武士道という概念をを持って来る事自体が間違いの始まりの気がするのだが。


今のこの不穏な日本で、変な風に利用されなければいいのだが。。。

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